30歳女酔っ払い爺さんの遺影事件
私は現在30歳です。
今年二月に離婚しシングルマザーになりました。
今回は私の母方の祖父の葬式をした時のことを書きたいと思います。
祖父が亡くなったのは私が二十歳の時でした。
以前から体調が悪かったわけでは無く、自宅で心臓発作のようなものを起こし、突然息を引き取りました。
祖父はとてもユニークで少年のような人でした。
度々、私に冗談を言い、からかったりしすぎて、祖母に怒られていました。
そんな姿も全部含め、私は祖父が大好きでした。
亡くなったことを知っても、なかなか実感が沸かず、それすらも祖父の冗談なのではないかと思ってしまうほどでした。
祖父の葬儀のため、神戸から東京に移動しました。
葬儀場に着き、眠るように横たわる祖父の姿を見ると、本当に亡くなってしまったんだ、という現実が押し寄せて、涙が止まりませんでした。
冗談もお酒も大好きで、祖父の周りはいつも笑顔で溢れていました。
祖父とのお別れの時に集ったメンバーも、それはそれは個性溢れる人達でした。
式は滞りなく進み、集った人達との会食の時間・・・。
祖父のおもしろエピソードが次々に飛び出し、お葬式とは思えない、とても和やかな一時でした。
大人達はお酒も入り、ますます思い出話に花が咲きます。
その中の一人、70代を過ぎた祖父の昔の職場仲間のお爺さんが、酔っ払い、周りに絡み始めました。
祖父の息子二人が賢明になだめようとしますが、どんどんヒートアップ。
今度はその酔ったお爺さんが泣きじゃくりはじめました。
そして、「何で逝ってしまったんだよ、爺さん!!!」と叫ぶと、祖父の遺影に日本酒を思いっ切りばしゃり・・・。
楽しい時間が凍り付きました。
これには「もう、いい加減にしてくれよ!!」と祖父の息子達も怒り出し、そのお爺さんの両腕を抱えて、外へ連れ出しました。
それでも全く懲りない酔っ払ったお爺さんは、タクシーで自宅に強制送還・・・。
十年近く経った今でも、祖父の話が出ると、必ずその酔っ払いお爺さんの話題もセットで出てくるくらい、インパクトのある出来事でした。
「葬儀・葬式には通夜の他に仮通夜も有った、」23歳男性
12DATE: 07/15/2021 13:13:42先般、初めて葬式というものに遭遇しました。
其れは同居していた祖母がな亡くなって無事に葬式を執り行いましたが、初めての身としては色々と知ることができました。
先ず、其の時に葬式の他にも通夜や仮通夜というものが有ることに気がついたのです。
一般には人が亡くなられた場合は、自分の家庭内かあるいは病気で病んでいて結果として亡くなるいうことになるでしょう。
此処で、まず一番の儀式として通夜が行われますが、此の際には更に仮通夜と本通夜というのが行われる場合もあるとされているようです。
仮通夜は何れも主に自宅で行われますが、自宅で亡くなった間合いはそのままですが病院で亡くなった場合は遺族たちが一旦、自宅へ搬入しなければなりません。
かといって亡くなられた遺骸、つまり遺体というのは個人がかってに而も、マイカーなどでは運んではならないという法的な規制(・・?)もありますし、普通車で遺体を運ぶというのは余り気持ちのいいものではありません。
此の際には、必ずや葬儀社の遺体運搬車によって自宅まで運びますが、近年のマンションなどの住宅事情によっては、近くの集会所や自治館、公民館、などへ運び入れる場合もあります。
この時点で、医者の死亡診断書や葬儀社、などは「いの一番」に行うことが大事とされているようです。
そして、此方で所謂、仮通夜が行われますが、此の際には身内の者や極身近な親戚筋のもので、遺体を見守りながら今後の本通夜や葬儀の方針や喪主、会計、役員などを決め、其々に役所への死亡届や併せて遺体を最終的に処理してくれる火葬場の日取り、其れに肝心要めの葬儀場の場所や本葬の日程、其れにお寺やお坊さんの決定、其れに大事な会葬者とみなされる方々への丁重な死亡通知等をいろんな手段を使ってお知らせをいたします。
これらの葬儀の細部の関係事項を決めるのにも仮通夜というのは比較的大事なことにもななるらしく、最後まで丁重に個人とのお別れも出来ることになります。
此の際には田舎の方とか一昔前までは、寝ずに遺体の番をしながら線香の臭いを欠かせず、亡骸に対して火を灯していたものです。
ところが近年では簡略化して徹夜での寝ずの番の通夜というのは少なくなって、無くなっても来たようです。
20代、女性葬儀中の忘れられない、いざこざ
子育て真っ只中の40代、専業主婦です。
今は、あまり自分の時間などもなかなかとれない中、毎日を過ごしています。
これは、まだ私が学生時代の頃のことです。
その葬式は、葬儀社での葬式ではなくて、公民館などを借りて葬式をしていました。
いろんな知り合いがお手伝いをしてくれての葬儀でした。
まだ、私もそれほど葬式に行ったことがなかったのと、あまり知らなかったと言うこともあると思います。
それに、葬式のときにはかなり疲れていたこともありました。
親戚の葬式だったのですが、まだ学生だったこともあり、お手伝いぐらいしか出来ていなかったと思います。
葬式だと、焼香の順番があるようで、年配の方が、順番について言っているのが分かりました。
順番が可笑しいとかなど、文句を言っていました。
そんなに葬式に、出たことがなかったし、葬式に文句をつける人がいることじたいあり得ないと思いました。
でも、周りの人もやはりお葬式中と言うこともあり、穏便にみたいな雰囲気でした。
自分は、発言出来るような感じではありませんでしたが、納得出来ないと言うか、こんなときに文句を言うその人の神経がわからないと感じました。
亡くなった人を送り出したい、供養したいと思わないのかなとイライラしたし、何となく切なくなりました。
その人には、その人なりの理屈と言うか、考えがあったのかも知れませんが、お葬式の最中に文句を言わなくていいんじゃないかと思いました。
多分周りも思っていたと思います。
そのあとにも、葬式には行ったことがありましたが、葬式中にゴチャゴチャ文句をいっているのを見たのはその時だけでした。
確かに、揉めたり、ゴチャゴチャすることもあったかも知れませんが、葬式中はそんなことは見せないものかなと感じました。
なので、あの時のことはすごく印象に残っているし、なんとも言えない気持ちになりました。
せめても、そのときだけでも普通に出来なかったのかなと感じてしまいました。
それは今でも忘れられません。
30歳女葬儀に参列する時の幼児の服装について考えた
こんにちは、5歳と0歳の子を持つ三十路主婦のぴかすです。
ここ数年やたらと親戚が亡くなり、お葬式や法事に参列する機会も多かったものです。
もちろん全て子連れでの参列で、はじめての子連れでの葬儀では、当時上の娘は2歳。
連れていくことすら躊躇いましたが、連れていくのであれば、たとえ2歳でも葬儀に相応しい服装をさせると決めていました。
中には小さな子どもの葬儀での服装をあまり気にされない方もいらっしゃいますが、同じ葬儀に親族として参列した他のお子さん(幼児から中学生まで様々)を見ては、やはり子どもにもそれ相応の格好をさせるべきだなと思わせるものがありました。
小学生ともなると、制服がある場合が多いのでそちらで対応可能ですが、問題は未就学児。
制服もないしわざわざ一度しか着ないかもしれないのに喪服を用意するなんて・・・と思うかもしれません。
しかし、見ている人は見ています。
普段着にスニーカーで参列していた親戚の子、黒のワンピースに黒の靴下、黒のローファーで参列していた我が子。
ご年輩の親族の方は特に、扱いの差が顕著でした。
幼児は葬儀の時にどんな服装が相応しいか、自分では判断できません。
親の価値観と都合で、子どもが損をするのは、あまりにも可哀想です。
もしも近い将来、小さなお子さんを連れて葬儀・法事に参列する必要に迫られた時、あなたはどうしますか?他人の目を気にしすぎて生きるのも面白くありません。
しかし、他人の目は必ずいつの時代もそこにあります。
幼児に一張羅の喪服を揃えろなんてアドバイスはしません。
私も、某格安子ども服チェーン店で全て揃え、子どもの参列用服装にかけたのはほんの4000円ほどです。
今ではネットショッピングやフリマアプリでも安くいい物が手に入る時代ですね。
予算3000円!など決めて、ゲーム感覚でアイテムをゲットしていくのも楽しいものです。
大切な人とのお別れの式であるお葬式、そこに行くときはきちんと喪に服す服装をしていくんだよ。
そう、お子さまに教えてあげられる絶好のチャンスです。
68歳男性母の通夜・葬儀の供花の並べ順にクレームを付けた親族
68歳の年金生活者です。
2年余り前に母が亡くなり、葬儀を営みました。
葬儀社の積み立て会員になっていた事もあり、突然の死でしたが、バタバタする事無く準備を進める事が出来ました。
そして祭壇もしつらえられ、連絡した親族等が通夜に向けて集まり始めました。
関西では、最近は香典を受け取らない葬儀が増えており、母の葬儀も香典を辞退しました。
それもあって、参列する親族の多くは供花を供えて下さいました。
供花が沢山供えられると、その並べる順番に気を遣います。
子供や孫を除く他の親族の供花は、母と血縁関係の濃い順番で、同じ親等の場合には年齢が高い順に並べました。
そろそろ参列者も揃い、通夜向けて多くの方が着席を始めた頃に、母の実家を継いでいる私の従兄弟の長男から並べ順位にクレームが入りました。
母は10人兄弟の末っ子で、しかも94歳で他界したため、兄弟夫婦はすべて他界しており、私の従兄弟に当たる人でも85歳を過ぎて、すでに他界している人も多数居られ、順位としては80歳代の私の従兄弟2人に次いで、そのクレームを付けた従兄弟の長男の順番としていました。
そのクレームの主旨は、母の出身である本家を守っているのは自分であり、やはりトップに持ってくれるべきと言うものでした。
そんな供花の順番にクレームを付ける親族など、他には考えられないので、クレームを押さえてしめやかに通夜を営めるように順番をトップとして収めました。
私よりも若い60歳前後なのに、そんな事に拘りを持っている事に少し驚きました。
私達親族の多くは都会で生活していて、そうした事に対する拘りは非常に薄れていますが、やはり田舎の人にはまだまだそうした想いが残っているのだと感じました。
彼の考え方が正しいのか、私の考え方が正しいのかは分かりませんが、その並び順を見れば、私がどの様な順番にしているかは分かったはずです。
私は少々気まずい想いを抱きましたが、黙って順番を変え、他の人に嫌な思いをさせない様に配慮しました。
そんな嫌な気分は何年経っても、通夜葬儀の時の思い出として心に残るものです。